アンドレ・3000(André 3000)がクエストラヴ(Questlove)のポッドキャスト『Questlove Supreme』に出演。
初のソロ・プロジェクト『New Blue Sun』について語り、終盤ではプリンスとのエピソードをいくつか話してくれました。
Questlove Supreme Podcast | André 3000
終盤(50分あたり)から「自分のヒーロー」と仰ぐプリンスから受け取った、厳しくも愛のあるアドバイスをエピソードごとにまとめました。
サンセット・ブールバードでの初対面と「Hey Ya!」の衝撃
最初の出会いは、アウトキャストの『The Love Below』がリリースされ、「Hey Ya!」が大ヒットしていた2004年頃のこと。ロサンゼルスのサンセット・ブールバードにあるクラブのブースで、アンドレはプリンスと初めて言葉を交わしました。
言葉を詰まらせるアンドレ
トイレに行こうとしたアンドレは、プリンスのボディーガードに呼び止められ、彼が座るテーブルへと案内されました。大先輩を前にした当時の心境を、アンドレはこう振り返っています。
「俺はまだトイレに行きたかったんだ。それでそのブースに行くと、プリンスが座っていた。本当に緊張したよ。彼が手で座るよう合図をくれたから座ったものの、何を言えばいいのか分からなかった。彼には、俺が言葉に詰まっているのが分かったんだろうね」
プリンスはそんなアンドレをリラックスさせようとし、将来ミネアポリスのペイズリー・パークなどでまた話そうと提案してくれたそうです。
プリンスからの「謎めいた」称賛:
プリンスは、ヒットしていた「Hey Ya!」についてこう語りかけました。
I like that song, “Hey Ya,” man—like, I thought I was the only person who did songs in those tempos.
あの曲、"Hey Ya!"が好きだよ。あのテンポで曲を作るのは、僕だけだと思っていたんだ。
アンドレは、これが純粋な称賛なのか、それとも皮肉(「よくも俺の領域に踏み込んできたな」という意味)なのか、偉大なヒーローの言葉だけにどう受け止めていいか分からず、ただただ圧倒されたと語ってます。
「僕たちの時代には、チャンスは1回しかなかった」
次のシングルをどうすべきかアンドレが尋ねた際、プリンスは笑いながら「In my day, we only had one shot.(僕たちの時代には、チャンスは1回しかなかった)」と言い残しました。「今はもうお前が何をやろうと関係ない(それほど成功している)」という意味だったようですが、これも当時のアンドレにとってはプリンスらしい謎めいた一言だったそうです。
ロデオ・ドライブでの再会と「アーティストとしての誇り」
2回目の遭遇は、アンドレがロサンゼルスのロデオ・ドライブ近くを1人で歩いていたときのことで、まるで映画のワンシーンのように突然訪れたそうです。
リムジンの窓から現れた頭
「次にプリンスに会ったときも――いつもランダムなんだけど――俺はロデオ・ドライブの近くの通りを1人で歩いていたんだ。するとリムジンが俺の近くに停まった。神々に誓って本当の話さ。窓が下がると、小さな頭がひょっこり出てきて、リムジンの中にプリンスがいたんだ。彼は『よう、元気かい?』と言ったよ」
そんな企画で、君を安易に扱わせちゃだめだ
2人は挨拶を交わし、プリンスはある雑誌が、自分とアンドレ(またはアウトキャスト)を並べて表紙に起用しようと企画している件を持ち出しました。どう思うかと尋ねると、プリンスは静かに、しかし鋭くこう告げました。
Don't let them do you like that.
そんな企画で、君を安易に扱わせちゃだめだ。
アンドレは、これが「彼らに、僕がプリンスの隣に並ぶだけの存在として、小さくまとめさせてはいけない」という意味だったのだろう、と振り返りました。メディアや大衆がアーティストを既存の枠にはめようとすることに対する、プリンスなりの厳格な警告であり、「君は、人々が周囲で言っている以上の存在なんだ」という、アンドレへの最大の敬意と信頼が込められたアドバイスだったと解釈したそうです。
コーチェラ2014の大惨事、そしてプリンスからの厳しくも温かい電話
2014年、10年間ツアーを続けていた相方のビッグ・ボーイとは対照的に、音楽活動から距離を置いていたアンドレは、アウトキャスト20周年を記念して「コーチェラ・フェスティバル」でヘッドライナーとしてステージに復帰することになります。しかし、アンドレのモチベーションは低く、極度の緊張の中にいたそうです。
左右に控える「神々」と大惨事のステージ
いよいよショーが始まるというその時、アンドレの目に信じられない光景が飛び込んできます。当時のパニックを、こう振り返ります。
「俺はしばらくステージに立っていなかった。それはもう俺の普通の生活じゃなかったからね。もの凄く緊張しながらステージに向かって歩いていると、ステージの両側に神々が立っているのが見えたんだ。左側にはポール・マッカートニーが歩いていって座り、右側にはプリンスが歩いていって座るのが見えた。キャリア初で使用したイヤモニが不調で音が途切れるし、俺にとっては大惨事だった。ショーの途中はもう意識が飛んでいて、ただ何とかやり過ごそうとしているだけだったよ」 満足のいくパフォーマンスができず、ひどく落ち込んだアンドレは、すぐに会場を去って家に帰り、眠りについたと話します。
翌日の電話―プリンスが授けたプロフェッショナルとしての覚悟
翌日、ロサンゼルスへ戻る途中のアンドレの元に、どこからか番号を調べたプリンスから一本の電話が入ります。
プリンスは挨拶もそこそこに、ストレートに切り込んできました。
You know what your problem is? You guys don’t know how big y’all are.
君の問題がどこにあるか分かるかい? 君達は、自分たちがどれほど偉大な存在なのかを分かっていないんだよ。
これに対してアンドレは、「実はあまりやりたくなかったんです。古い曲をパフォーマンスするのが好きじゃないんです」と、素直に自分の弱音をヒーローに打ち明けました。するとプリンスは、
「I’ve been there. I know exactly what you mean about not wanting to do that song.
僕も経験があるよ。その曲をやりたくないという、君の言っている意味は実によく分かるよ。
と、一度は優しく共感を示してくれたそうです。 しかし、プリンスはそこから大人のアーティストとしての、厳しくも愛のある言葉を続けました。
But you’re a grown man. You signed up to do these shows, so do them.
でも、君はもう大人だ。これらのショーをやるとサイン(契約)したなら、やらないとね。
観客への向き合い方―「まず、自分が誰であるかを思い出させなさい」
さらにプリンスは、長い間シーンから離れていたアーティストが観客とどう向き合うべきか、大切な心得を説きました。
You have to remind people who you are. When you’ve been away, every time you come back, you remind people who you are.
人々に、君が誰であるかを思い出させなければならない。しばらく離れていたのなら、戻ってくるたびに、自分が誰であるかを人々に思い出させるんだ。You do that first, and then you can do whatever you want.
まず最初にそれをやるべきだ。その後に、何でも君の好きなことをやればいいんだよ。
プリンスは、最初に自分に何ができるかを観客に思い出させれば、その後に突飛なことをしてもファンは信頼してついてきてくれるものだと語り、自身もその手法をメアリー・J. ブライジとの共演ステージから学んだと明かしました。
I learned that from Mary J. Blige. I did some shows with her, and I was trying to do all this new st. But she was doing the songs people knew.
僕はそれをメアリー・J. ブライジから学んだんだ。彼女といくつかショーをやった時、僕はすべて新しいことをやろうとしていたけど、彼女はファンがよく知っている曲を披露していたんだ。
ギターへの失望と、バックバンドへの容赦ないダメ出し
電話の最後に、プリンスはアンドレへの高い期待ゆえの「ダメ出し」と、彼らしい強烈なオチを残していきました。
プリンスは、アンドレがステージで自らギターを弾かなかったことに失望していたのです。
アンドレが「自分はそんなに上手くない」と謙遜すると、プリンスはそれを遮るように言いました。
But you’re good enough! You should’ve been playing.
いや、君は十分に上手いよ! 弾くべきだったよ。
そして最後に、プリンスはアウトキャストのバックバンドに対して、彼らしい上品なトーンながらも、容赦のない言葉を言い放ちました。
And what’s that fking band? They sound terrible.
それから、あの酷いバンドは何だい? まったく酷い演奏だったよ。
自身のヒーローからのあまりにもストレートで辛口な指摘に、アンドレは圧倒されつつも、今では大切な思い出として深く記憶に刻まれていると語っています。
ジャンプスーツ(ユニフォーム)のアイデアへ
この一連の電話でプリンスから授かった毅然とした言葉を受けたアンドレは「どうすればこのツアーを自分にとってエキサイティングなものにできるか」を真剣に考えたそうです。
その結果生まれたのが、毎回のステージで着用する黒いジャンプスーツに、異なるメッセージを載せるというあの有名なアイデアでした。
プリンスの言葉がきっかけとなり、アンドレは新しい表現のモチベーションを見出し、見事に20周年のツアーを全うすることができたと話しています。
