2018年からNetflixで進められていたプリンスのドキュメンタリー作品ですが、プリンスの遺産管理団体(エステート)の納得のいくものではなく暗礁に乗り上げました。
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参考Netflixで制作中だったプリンスのドキュメンタリーがまたしても暗礁に乗り上げる
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エステート側は理由について「ある出来事が "センセーショナルに "扱われ、事実確認が適切になされていない」と説明しましたが、具体的な部分については回答を控えています。
プリンスのドキュメンタリーが監督を交代して再構築されるのか、このまま無かった事にされるのかは不明ですが、ニューヨーク・タイムズ・マガジンのサーシャ・ウェイス氏(Sasha Weiss)がドキュメンタリーの一部を紹介してます。
The Prince We Never Knew (私たちの知らないプリンス)
A revealing new documentary could redefine our understanding of the pop icon. But you will probably never get to see it.
新たなドキュメンタリーが、このポップ・アイコンに対する私たちの理解を塗り替えるかもしれない。しかし、あなたがそれを見ることはおそらくないだろう。Dig, if you will, a small slice of Ezra Edelman’s nine-hour documentary about Prince — a cursed masterpiece that the public may never be allowed to see.
もし望むなら、エズラ・エデルマンによるプリンスについての9時間に及ぶドキュメンタリーのほんの一部をご覧いただきたい。 — 世間は決して見ることを許されないかもしれない、そんな呪われた傑作である。
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https://www.nytimes.com/2024/09/08/magazine/prince-netflix-ezra-edelman-documentary.html?smtyp=cur&smid=tw-nytimes
www.nytimes.com
長文なので、どういうシーンがあったかと短くまとめます。
「When Doves Cry」制作秘話(ペギー・マクレアリー:エンジニア)
プリンスと仕事をした多くの女性エンジニアの一人でサウンド・エンジニアのペギー・マクレアリーは、彼の曲 「When Doves Cry 」の制作中に天才的な閃きを目撃。
泣き叫ぶギター、鳴り響くキーボード、ハーモニーを奏でるプリンスたちの合唱のオーバーダブ…ペギーは最大限に演出されたシチューのような楽曲に思えたがだったがプリンスは納得しなかった。
朝の5時か6時頃プリンスは解決策を見つけた: 引き算を始めたの。ギターソロを外し、キーボードを外した。そして、最も大胆で、最も異端な手を使った: ベースを抜いたのよ。
ペギーは、プリンスが満足げに「僕がやったなんて誰も信じないよ。(Ain’t nobody gonna believe I did that.)」と言ったのを覚えているわ。
家庭内暴力について(タイカ・ネルソン:プリンスの妹)
ミュージシャンの父親(ジョン)が母親(マティ)を殴ったとき、顔つきがどう変わったか。
父親が息子に向けた怒りは、かつての自分の芸名であるプリンスを授けた贈り物であり、同時に重荷でもあった。息子はすでに父親を超えるライフワークに取り掛かっていて、父親は愛を与えたり引いたりし、息子も同じことをしていたの。
ホテルでの喧嘩(ジル・ジョーンズ:プリンス・ファミリーで元カノ)
映画『パープル・レイン』に出演し、1987年にはプリンス全面プロデュースでソロ・アルバム『Jill Jones』をリリースしたジル・ジョーンズの証言は、この映画の中で最も苦悩に満ちたもので、多くのファンが見たくないプリンスの一面を明らかにしている。
1984年のある夜遅く、彼女は友人とホテルにプリンスを訪ねた。するとプリンスはその友人とキスを始めた、嫉妬に駆られたジルは思わずプリンスに平手打ちを食らわせた。
怒ったプリンスはジルに「ビッチ、これは映画じゃないんだ !(Bitch, this ain’t no [expletive] movie.)」と言ったという。2人は口論になり、プリンスはジルの顔を何度も何度も殴り始めた。彼女は告訴しようとしたが、彼のマネージャーは彼のキャリアが台無しになると告げられ口を閉ざしたという。30年経った今でもジルはあの時の事をまだ怒っていて、プリンスと付き合っていたことへのストレスを抱えている。
映画『パープル・レイン』のプレミアの夜(アラン・リーズ:ツアー・マネージャー)
映画『パープル・レイン』のプレミアの夜、プリンスのツアー・マネージャーだったアラン・リーズは授賞式に向かうリムジンの後ろに同乗していた。アランはプリンスがボディーガードのひとり(おそらくチャック・ハンツベリー(Charles "Big Chick" Huntsberry)の事)に向かって「人生最高の日になるね!街中のスターが集まるらしい!(This is going to be the biggest day of your life! They say every star in town is there!)」と言ったことを覚えているよ。
その直後プリンスは恐怖に震えながらアランの手を握りしめたが、何かのスイッチが入りプリンスは目は鋭くなり自分を取り戻したよ。「でも、たぶん10秒間ほど彼は完全に我を忘れていた。私はそれが好きだった。彼が人間であることを証明してくれたからだよ!」
ワールド・プレミアの様子。
2023年の冬に本作を鑑賞したサーシャ氏は、この4つのシークエンスで「驚き、哀れみ、嫌悪、優しさといった矛盾した強さを感じ取り、体が締め付けられた。」と評し、エデルマンの映画は素晴らしく奇妙で、性別を超えて夢見るファンクの巨匠、プリンスの印象を更に深め、同時にプリンスの多くのベールを取り除いたと評価しています。
ウェンディ・メルヴォワンのインタビュー
ザ・レヴォリューションのウェンディ・メルヴォワンはエズラ・エデルマン監督と20分ほど対談。
マイクの前で身悶えし、愛の痛みを歌った「The Beautiful Ones」のコーラスを叫ぶプリンスを思い出しながら「絶叫する彼の瞳には、純粋に拷問を受けているような表情が浮かんでいるの。(he’s screaming, there is a look in his eyes of pure torture.)」と話すと、歌詞の一節“Do you want him, or do you want me? ’Cause I want you!(彼が欲しいのか、それとも僕が欲しいのか、君が欲しいんだ)” を引用し、プリンスの人生における大きな葛藤のように感じられたと語っています。
スザンナ・メルヴォワンのインタビュー
元恋人であり、ザ・ファミリーのメンバーでもあったスザンナ・メルヴォワンは、ステージ上で圧倒的なカリスマ性と性的な魅力を放っていたプリンスが、プライベートな空間(ベッドの中)では「それとは真逆の、非常に静かで内向的、そして時に壊れそうなほど傷つきやすい性格だった」と証言しています。
モーリス・ヘイズのインタビュー
長年ニュー・パワー・ジェネレーション(NPG)を支えたキーボーディストのモーリス・ヘイズは、プリンスが生涯抱え続けていた父親(ジョン・L・ネルソン)との複雑な愛憎関係について言及しています。父親との確執に苦悩するプリンスに対し、モーリスが「父親が生きているうちに和解すべきだ」と直接アドバイスを送り、プリンスがそれに様々な反応を示しながら葛藤していた様子が克明に描かれています。
エズラ・エデルマン監督の苦悩と執念
5年近くの歳月をこのプロジェクトに捧げたエデルマン監督を最も悩ませたのは、「プリンスという人間は、関わった人によって全く異なる姿を見せる」という冷酷な現実でした。
ある人は彼を「優しく寛大な聖人」と呼び、別の人は「冷酷な支配者」と呼ぶ。さらに決定的なのは、プリンス自身が自らの過去や生い立ちについて、生涯にわたり意図的に嘘を交え、神話をスパイスのように振りかけて語っていたことです(「12歳で家を出された」という話でさえ、時期やシチュエーションの整合性が取れない神話の一つでした)。
監督がサーシャ氏に漏らしました。
「人々に話を聞いても、みんな言うことが違う人について、どうやって真実を語ることができるのだろうか?」
「そして、自分自身について決して真実を語らなかった人について、どうやって真実を語ることができるというんだ?」あ
サーシャ氏は、監督が編集室にこもり、精神を削りながら映像の完成度を高めていく姿を1年半以上にわたって密着し、見守り続けていました。
サーシャ氏の目に見映ったのは、単なるアーティストのバイオグラフィー(伝記映画)を作るのではなく、「プリンスという存在の本質(エッセンス)」を掴み取ろうとする監督の、狂気とも言えるほどの執念でした。
2004年「ロックの殿堂」伝説のギターソロに隠された叫び
中でも印象的だったのは、多くのファンが「白人ロック界のレジェンドたちを圧倒した、最高に爽快な名演」として記憶している、2004年のロックの殿堂入り式典での『While My Guitar Gently Weeps』。エズラ・エデルマン監督はこの有名なシーンに、全く異なるエモーショナルな光を当てました。
このパフォーマンスは、プリンスが両親を相次いで亡くしたわずか数年後に行われたものでした。監督は、彼が神がかったギターソロを弾き鳴らす映像の最中に、あえて「母親の腕に抱かれている赤ん坊の頃のプリンスの姿」の映像を挿入し、さらに過去にプリンス本人が語った「12歳のときに家出したんだ」という音声を重ね合わせたのです。
この演出について、記事を手がけた記者のサーシャ・ワイス氏は次のような鮮烈な感想を残しています。
「この素晴らしいパフォーマンスには、あらゆる疑念を抱く人々に対する不安と執着という、もう一つの次元が与えられている。白人のロックを支持する人々、彼を理解しなかった両親、そして彼自身の頭の中にいた悪魔たち……。彼がギターから引き出すあの悲痛な叫びは、思わずこちらも泣きたくなるほどだ」
ドキュメンタリーに対する感想など
この映画を観たタイムズ紙の批評家ウェスリー・モリスは、サーシャ氏に「天才と共に苦しみ、天才を通して苦しみ、天才と並走する経験を描いた、私がこれまでに観た唯一の作品のひとつだ(It’s one of the only works I have ever seen that approximates the experience of suffering with and suffering through and alongside genius.)」と評したと語っています。
クエストラヴの体験談
記事の中で印象的だったのは、プリンスのフォロワーとしても知られるクエストラヴの体験談です。
深夜の試写会終了後の衝撃
それはある夜、日付が変わる頃まで行われた密室でのスクリーニングでした。9時間におよぶエデルマン監督のラフカット(未完成版)を観終えたとき、クエストラヴは文字通り「激しく震えていた(shaken)」といいます。
彼は7歳の頃から、ファッション、溢れ出る創造性、そして音楽的なルールを破壊していく姿勢にいたるまで、人生のすべてをプリンスを模範(手本)にして生きてきました。それだけに、一人の人間としてのプリンスのリアルな姿を突きつけられた衝撃は、あまりにも大きすぎたのです。
彼がその場ですぐに語った言葉は、畏怖と困惑が入り混じったものでした。
it was a heavy pill to swallow when someone that you puton a pedestal is normal.
「神格化して台座の上に載せていた相手が、実は『普通の人間』だったと知ることは、俺にとって飲み込みがたいほど重い丸薬(ヘビー・ピル)だった。」
それが彼にとっての結論だった。非凡であり、自己破壊と憤怒と闘った普通の人間であった。
Everything’s here: He’s a genius, he’s majestical, he’s sexual, he’s flawed, he’strash, he’s divine, he’s all those things. And, man. Wow.
ここにはすべてが詰まっている。彼は天才で、威厳があって、セクシャルで、欠点だらけで、クズで、神聖で……そのすべての要素が彼なんだ。おい、本当に、ワオ(言葉が出ない)だ。
自宅へ帰ったあとの「午前3時の崩壊」
この記事の記者が数ヶ月後、あの夜の体験が彼の中でどう消化されたのかを尋ねるためにクエストラヴに電話をかけた際、さらに深い内幕が明かされました。
試写が終わって自宅に帰った彼は、あまりの衝撃に耐えきれず、夜中から午前3時になるまで、自分のセラピスト(精神療法士)と電話で話し続けたというのです。そのとき彼は、「目の前が見えなくなるほど激しく号泣した」と告白しています。
「無敵の仮面(クール)」という呪縛との対峙
なぜそこまで涙が止まらなかったのか。それは、映画の中のプリンスの姿が、クエストラヴ自身、そして黒人コミュニティが何世代にもわたって背負わされてきた「ある呪縛」と直結していたからでした。
It’s a shield, whether you want to call it masculinity or cool. The very concept of cool was invented by Black people in America to protect themselves. But we turned it into something sexy. We turned dark emotions into cool.
ある種の盾――それを『男らしさ』とか『クール(格好よさ)』と言い換えてもいい。そもそも『クールという概念』そのものが、アメリカという国で黒人が自分たちの身を守るために発明したものなんだ。だけど俺たちは、それをセクシーなものへと昇華させてしまった。暗い感情さえも、クールに変えてみせたんだ。
プリンスという存在は、その「完璧で無敵な仮面の裏側」で、誰よりも孤独や怒り、自己破壊的な衝動と戦っていた。それを目撃したクエストラヴは、セラピストにこう告げたそうです。
I told my therapist, ‘I don’t want my life to look like what I just saw.
俺は、自分の人生を、いまあそこで観たようなもの(プリンスの孤独な生き様)にしたくはない。
そして、こう締めくくっていました。
It was painful to drag your hero out and make him face the thing he hated most in life — which was showing his hand.
自分のヒーローを引っ張り出してきて、彼が人生で何よりも嫌っていたこと――つまり、自分の心(本音)を見せること、感情を剥き出しにすること――に直面させるのは、本当に苦痛だったよ。