スポンサーリンク

Controversy / 戦慄の貴公子 ('81)

アルバム情報

Released:1981/10/14 | Label: Warner Bros.

Listen on Apple Music

Track List

  1. Controversy (7:14)
  2. Sexuality (4:20)
  3. Do Me, Baby (7:43)
  4. Private Joy (4:37)
  5. Ronnie Talk To Russia (1:51)
  6. Let's Work (3:52)
  7. Annie Christian (4:21)
  8. Jack U Off (3:08)

Personnel

Produce, Arranged, Composed

  • Prince

Written

  • Prince
  • André Cymone (credited to Prince) (3)

Additional Musician

  • Dr.Fink (keyboards) (8)
  • Bobby Z (drums) (8)
  • Lisa Coleman (Keybord) (8) (background vocals) (1,5,8)

アルバム・レビュー

アルバム・リリースまでの動き

前作『Dirty Mind』(1980年)をリリースしたわずか2ヶ月後の1980年12月から、プリンスは全米ツアーを回りながらすでに次作に向けた大半の曲を書き上げていました。
よりパーフェクトなレコーディング環境を求めて、ミネアポリス郊外チャナッセンのライリー湖畔にある〈キオワ・トレイル・ホーム・スタジオ〉へ引っ越します。クリーム色だった外壁を紫色に塗り替えたことで通称”パープル・ハウス”と呼ばれたこの拠点で、1981年の春から夏にかけて、ほとんどの曲をたった一人でレコーディングしていきました。そして同年8月、ハリウッドのサンセット・サウンドへと持ち込まれて最終的なミキシングが行われ、10月に本作がリリースされました。

楽曲について

前作『Dirty Mind』の露骨で際どい内容には否定的な声も上がりましたが、プリンスはそれを絶好のチャンスと捉え、本作に「Controversy=論争」という挑発的なタイトルを冠しました(邦題の『戦慄の貴公子』も素晴らしいネーミングです)。当時のインタビューで「やりたいことがあれば、何をやっても許されると判った。自分の作りたいレコードを作って問題ない」と語気を強めていた通り、前作で得た確かな自信をさらに推し進めた、野心に満ちた作品となっています。
アートワークも秀逸で、ニューヨーク・タイムズ風の架空の新聞「The Controversy Daily」の紙面には、「隣人を愛せ」や「大統領が銃規制法案に署名」といった見出しに混じり、敬愛するジョニ・ミッチェルへの愛を示す「★Joni★」の文字も。そこを背に”RUDE BOY(不良行為少年)”の缶バッジをつけて立つ姿は、彼自身のスタンスを鮮烈に視覚化しています。リサ・コールマンらの局所的なサポートはあるものの、基本的にはプリンスが己の殻を打ち破り、世界に叩きつけたアルバムです。

Controversy

7分強に及んで展開される、ファンク・ロックの金字塔。自身に向けられた肌の色や性的指向への偏見に対して力強く解放を訴えかけます。途中で差し込まれる「主の祈り」も極めて印象的で、悩みを抱える多くのリスナーに共感を与え大ヒットを記録しました。

Sexuality

「金も服も要らない、自分の体を解き放て」と説き、子育てや人種への偏見に立ち向かうため、新たな人類の誕生と団結を呼びかけるメッセージ・ソング。ここで歌われた詞は20年後の『The Rainbow Children』にも受け継がれていくという、彼の思想の原点とも言える1曲です。

Do Me, Baby

作中屈指の官能バラード。ファルセットのしっとりとした歌い出しから徐々にヒートアップし、喘ぎ声や地声の囁きまで、巧みなボーカル・ワークでリスナーを虜にします。実はアンドレ・シモーンのペンによる楽曲ですが、クレジットされなかったことで彼の脱退を引き起こす原因にもなりました。

Private Joy

本作で最後に完成し、サンセット・サウンドで初めて録音されたトラック。「快楽を与える秘密のオモチャ」とも「恋人」とも受け取れるダブルミーニングが光ります。何より、その後のプリンス・サウンドの要となるドラムマシン「Linn LM-1」が初めて導入された記念すべき1曲です。

Ronnie, Talk To Russia

ノイジーなイントロと銃声が響き渡る、2分弱の強烈なパンク・ファンク。タイトルにある「ロニー」とは、本作がリリースされた1981年の1月に就任したアメリカ第40代大統領ロナルド・レーガンの愛称です。冷戦下の状況に対し「手遅れになる前にロシアと話せよ」とダイレクトに訴えかける、プリンス流のポリティカル・ソング。

Let's Work

「さぁ仕事をしよう!」と陽気に歌いながら、実のところは「さぁ愛し合おう」と誘っているダブルミーニング曲。元々は1979年のサイド・プロジェクト〈The Rebels〉用に「Let's Rock」として作られた曲を、古臭くならないよう改題して見事に蘇らせました。

Annie Christian

アートワークにも刻まれた「Annie Christian」は、1980年12月8日に起きたジョン・レノン殺害事件、翌年3月のレーガン大統領暗殺未遂事件、そしてアトランタで起きた黒人児童連続殺人事件などに言及した異色作です。語り口調のボーカルと不穏なシンセ・ポップが狂気の世界を見事に表現しており、アルバムの中でも一際異彩を放っています。

Jack U Off

ボビー・Z、マット・フィンク、リサ・コールマンの3人が集結したラスト・ナンバー。プリンス初となる陽気でポップなロカビリー・サウンドに乗せて、歌っている内容はド直球のエロティック・ソングという、彼らしいユーモアと熱量でアルバムの幕を閉じます。

セールスなど

本作は全米ビルボードのTop LP's & Tapesチャートで最高21位をマークし、ソウルLPチャートでは見事3位を獲得して8週連続でその座をキープするというスマッシュ・ヒットを記録しました。リリース翌年の1982年1月にはゴールド・ディスクに認定され、その後の『Purple Rain』の特大ヒットの余波も受けて、1985年には見事プラチナ・ディスクを獲得しています。
また、アルバム完成後には新ベーシストのブラウンマークを迎え、ローリング・ストーンズの前座という大舞台に立ちましたが、ストーンズ・ファンからゴミを投げつけられ20分で途中退場するという手痛い洗礼を受けました。しかし、激怒したミック・ジャガーが観客を説教し、後年にはプリンスの楽曲をカバーするなど、ロック界のレジェンドにもその才能を強烈に刻み込みました。このツアーの手応えから、幻のライブ映像プロジェクト『The Second Coming』が企画されるなど、彼のライブ・アクトとしての覚醒を促した重要な時期でもあります。

トリビア

盟友アンドレとの決別と、不器用な友情

前作『Dirty Mind』でのクレジットの是非をめぐってアンドレ・シモーンと激しく衝突し、関係はついに修復不可能に。アンドレはヨーロッパでのライブを最後にバンドを脱退してしまいます(「Do Me, Baby」もデビュー前に彼自身のボーカルで制作していた背景があり、強く権利を主張していました)。しかし興味深いことに、2014年頃からプリンスの計らいにより、密かにアンドレへ印税が支払われていたそうです。裁判を起こすこともなかった友への、彼なりの不器用な誠意だったのかもしれません。

ストーンズ前座での大ブーイング事件

アルバム完成直後の1981年10月、ローリング・ストーンズの全米ツアーにオープニング・アクトとして抜擢されるという大舞台に立ちます。しかし、アウェイのストーンズ・ファンから容赦ないブーイングとゴミの嵐を浴び、なんと途中でステージを降りてしまうという手痛い洗礼を受けました。加入したばかりのブラウンマークにとってもトラウマ級の出来事で、後のインタビューでその時の舞台裏を明かしています。

参考ブラウンマークがプリンスとの思い出を語る

続きを見る

幻に終わったプロジェクト『The Second Coming』

この時期のプリンスは映像制作にも並々ならぬ意欲を燃やしており、〈Controversy Tour〉中に『The Second Coming』というライブ映画とそれに伴うライブ・アルバムを企画していました。1982年3月7日のミネアポリス・ブルーミントでのライブ映像に加え、バックステージの様子や寸劇なども撮影しましたが、結果的にお蔵入りに。ゴスペル風の多重録音コーラスを重ねた同名曲も会場のPAで流されていましたが、未収録のまま幻となってしまいました。

ワーナーとの確執の始まりとなった「Let's Work」

ファンクの名曲「Let's Work」は、元々1979年に「Let's Rock」として録音されたものでした。手応えを感じたプリンスはアルバム『Prince (愛のペガサス)』のオープニングを飾る先行シングルにしようとワーナーに持ちかけますが、あえなく却下。2年後に時代遅れにならないようタイトルを変えて見事に復活させますが、のちのインタビューで「この出来事がワーナーとの決別を考える最初のキッカケになった」と明かしています。

ロンドンで受けたロカビリーの衝撃

本作に漂うパンキッシュな要素やロカビリーの匂いについて、デズ・デッカーソンが2014年のナッシュビル・シーンのインタビューでプリンスが当時影響を受けた音楽について答えています。

https://www.nashvillescene.com/music/dez-dickerson-on-prince-purple-rain-and-the-most-insane-thing-hes-seen-on-stage/article_2da8372e-e2a4-5a12-8fa9-097bff220edc.html
https://www.nashvillescene.com/music/dez-dickerson-on-prince-purple-rain-and-the-most-insane-thing-hes-seen-on-stage/article_2da8372e-e2a4-5a12-8fa9-097bff220edc.html

www.nashvillescene.com

プリンスと一緒にいる間に、特定のロック、パンク、ニューウェーブなどを聴いたのですか?80年代前半のアンダーグラウンドなサウンドを聴かずして"Ronnie Talk 2 Russia"のようなクランチーなファンクは得られなかったと思います。また"No Call U"や"Tick Tick Bang"の初期テイクはロカビリーの影響を感じますが...という質問に対し、デズは以下のように回答。

I was continually bringing him those kinds of records and turning him on to bands. I would blast everything from Generation X "Dancing With Myself" to Spandau Ballet to early Def Leppard to L.A. bands like The Pop and 20/20.
俺は彼(プリンス)にその手のレコードを持ってきたりバンドを紹介し続けた。ジェネレーションXの「Dancing With Myself」からスパンダー・バレエ、初期のデフ・レパード、ザ・ポップや20/20といったLAのバンドまで、ありとあらゆるものを聴かせたよ。

The rockabilly obsession was sparked by us seeing Stray Cats in London, before they came back to the States and broke. We were all blown away with them — the look, Brian Setzer's amazing sound, just the sheer authenticity of it. We started wearing pompadours immediately!
ロカビリーに夢中になったのは、ロンドンでストレイ・キャッツを見たのがきっかけだ。あのルックス、ブライアン・セッツァーの素晴らしいサウンド、そしてその真摯な姿勢に、みんな圧倒された。俺達はすぐにポンパドール(前髪を後ろになでつけるオールバックにする髪型)をはじめたよ!

プリンス達は1981年5月29日にオランダでのライブを終え、6月2日にロンドンで単発のライブを行います。
『The Vault』(P.30)によれば6月1日に行われたライブを観たと掲載されていますが、setlist.fmやストレイ・キャッツのファン・サイトの情報によると、彼らがロンドンで行ったライブは5月30日のレインボー・シアターのみと掲載されています。
6月1日にシークレット・ギグを行った可能性もあるのですが、ファン・サイトの情報を信用すれば5月30日が有力と考えています。
ちなみにロカビリー・テイストの「Jack U Off」は1981年の6月にカリフォルニアでレコーディングされました。

黄金のビートの産声

アルバム終盤に収録された「Private Joy」は、サンセット・サウンドで録音された最初のプリンス楽曲であると同時に、80年代の彼のサウンドを決定づける名機、ドラムマシン「Linn LM-1」が初めて使用された歴史的なターニング・ポイントでもあります。

Music Video

 

スポンサーリンク