2018年からNetflixで進められていたプリンスのドキュメンタリー作品ですが、プリンスの遺産管理団体(エステート)の納得のいくものではなく暗礁に乗り上げました。
参考Netflixで制作中だったプリンスのドキュメンタリーがまたしても暗礁に乗り上げる
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エステート側は理由について「ある出来事が "センセーショナルに "扱われ、事実確認が適切になされていない」と説明しましたが、具体的な部分については回答を控えています。
プリンスのドキュメンタリーが監督を交代して再構築されるのか、このまま無かった事にされるのかは不明ですが、ニューヨーク・タイムズ・マガジンのサーシャ・ウェイス氏(Sasha Weiss)がドキュメンタリーの一部を紹介してます。
The Prince We Never Knew (私たちの知らないプリンス)
A revealing new documentary could redefine our understanding of the pop icon. But you will probably never get to see it.
新たなドキュメンタリーが、このポップ・アイコンに対する私たちの理解を塗り替えるかもしれない。しかし、あなたがそれを見ることはおそらくないだろう。Dig, if you will, a small slice of Ezra Edelman’s nine-hour documentary about Prince — a cursed masterpiece that the public may never be allowed to see.
もし望むなら、エズラ・エデルマンによるプリンスについての9時間に及ぶドキュメンタリーのほんの一部をご覧いただきたい。 — 世間は決して見ることを許されないかもしれない、そんな呪われた傑作である。
Why You May Never See the Documentary on Prince by Ezra Edelman - The New York Times
www.nytimes.com
長文なので、どういうシーンがあったかと短くまとめます。
「When Doves Cry」制作秘話(ペギー・マクレアリー:エンジニア)
プリンスと仕事をした多くの女性エンジニアの一人でサウンド・エンジニアのペギー・マクレアリーは、彼の曲 「When Doves Cry 」の制作中に天才的な閃きを目撃。
泣き叫ぶギター、鳴り響くキーボード、ハーモニーを奏でるプリンスたちの合唱のオーバーダブ...ペギーは最大限に演出されたシチューのような楽曲に思えたがだったがプリンスは納得しなかった。
朝の5時か6時頃プリンスは解決策を見つけた: 引き算を始めたの。ギターソロを外し、キーボードを外した。そして、最も大胆で、最も異端な手を使った: ベースを抜いたのよ。
ペギーは、プリンスが満足げに「僕がやったなんて誰も信じないよ。(Ain’t nobody gonna believe I did that.)」と言ったのを覚えているわ。
家庭内暴力について(タイカ・ネルソン:プリンスの妹)
ミュージシャンの父親(ジョン)が母親’(マティ)を殴ったとき、顔つきがどう変わったか。
父親が息子に向けた怒りは、かつての自分の芸名であるプリンスを授けた贈り物であり、同時に重荷でもあった。息子はすでに父親を超えるライフワークに取り掛かっていて、父親は愛を与えたり引いたりし、息子も同じことをしていたの。
ホテルでの喧嘩(ジル・ジョーンズ:プリンス・ファミリーで元カノ)
映画『パープル・レイン』に出演し、1987年にはプリンス全面プロデュースでソロ・アルバム『Jill Jones』をリリースしたジル・ジョーンズの証言は、この映画の中で最も苦悩に満ちたもので、多くのファンが見たくないプリンスの一面を明らかにしている。
1984年のある夜遅く、彼女は友人とホテルにプリンスを訪ねた。するとプリンスはその友人とキスを始めた、嫉妬に駆られたジルは思わずプリンスに平手打ちを食らわせた。
怒ったプリンスはジルに「ビッチ、これは映画じゃないんだ !(Bitch, this ain’t no [expletive] movie.)」と言ったという。2人は口論になり、プリンスはジルの顔を何度も何度も殴り始めた。彼女は告訴しようとしたが、彼のマネージャーは彼のキャリアが台無しになると告げられ口を閉ざしたという。30年経った今でもジルはあの時の事をまだ怒っていて、プリンスと付き合っていたことへのストレスを抱えている。
映画『パープル・レイン』のプレミアの夜(アラン・リーズ:ツアー・マネージャー)
映画『パープル・レイン』のプレミアの夜、プリンスのツアー・マネージャーだったアラン・リーズは授賞式に向かうリムジンの後ろに同乗していた。アランはプリンスがボディーガードのひとり(おそらくチャック・ハンツベリー(Charles "Big Chick" Huntsberry)の事)に向かって「人生最高の日になるね!街中のスターが集まるらしい!(This is going to be the biggest day of your life! They say every star in town is there!)」と言ったことを覚えているよ。
その直後プリンスは恐怖に震えながらアランの手を握りしめたが、何かのスイッチが入りプリンスは目は鋭くなり自分を取り戻したよ。「でも、たぶん10秒間ほど彼は完全に我を忘れていた。私はそれが好きだった。彼が人間であることを証明してくれたからだよ!」
ワールド・プレミアの様子。
2023年の冬に本作を鑑賞したサーシャ氏は、この4つのシークエンスで「驚き、哀れみ、嫌悪、優しさといった矛盾した強さを感じ取り、体が締め付けられた。」と評し、エデルマンの映画は素晴らしく奇妙で、性別を超えて夢見るファンクの巨匠、プリンスの印象を更に深め、同時にプリンスの多くのベールを取り除いたと評価しています。
ウェンディ・メルヴォワンのインタビュー
ザ・レヴォリューションのウェンディ・メルヴォワンはエズラ・エデルマン監督と20分ほど対談。
マイクの前で身悶えし、愛の痛みを歌った「The Beautiful Ones」のコーラスを叫ぶプリンスを思い出しながら「絶叫する彼の瞳には、純粋に拷問を受けているような表情が浮かんでいるの。(he’s screaming, there is a look in his eyes of pure torture.)」と話すと、歌詞の一節“Do you want him, or do you want me? ’Cause I want you!(彼が欲しいのか、それとも僕が欲しいのか、君が欲しいんだ)” を引用し、プリンスの人生における大きな葛藤のように感じられたと語っています。
ドキュメンタリーに対する感想など
同作を鑑賞した批評家の証言
この映画を観たタイムズ紙の批評家ウェスリー・モリスは、サーシャに「天才と共に苦しみ、天才を通して苦しみ、天才と並走する経験を描いた、私がこれまでに観た唯一の作品のひとつだ(It’s one of the only works I have ever seen that approximates the experience of suffering with and suffering through and alongside genius.)」と評したと語っています。
エズラ・エデルマン監督の苦悩
ドキュメンタリーを完成させるために5年近くかけたエデルマン監督は「人々に話を聞いても、みんな言うことが違う人について、どうやって真実を語ることができるのだろうか?/自分自身について決して真実を語らなかった人について、どうやって真実を語ることができる?」と時に心が折れそうになったとサーシャ氏に語ったそうです。
サーシャ氏は1年半以上に渡って監督が完成度を高め、プリンスの本質を捉えようとしているのを見守っていました。
2023年夏にクエストラヴも鑑賞
2023年、エデルマン監督は家族や友人そして映画に出演した人たちに試写を開始。
同年夏にはプリンス・ファンとして有名なクエストラヴと数人の友人達を招待し上映会におこないました。
スザンナ・メルヴォワン(プリンスの元カノ)が、プリンスのベッドでの性格がステージでの性格とは正反対であったことや、バンド・メンバーのモーリス・ヘイズが、プリンスに父親との和解を勧めた話などに対し様々な反応をして鑑賞したと語っています。
監督は2004年に行われたロックの殿堂入りでの 「While My Guitarently Weeps 」の有名なギター・ソロのシーンに数年前に両親を亡くしたプリンスの心情を重ねるため、プリンスが母親に抱かれている赤ん坊の姿の映像と「12歳のときに家出したんだ 」と話す声を追加。
この映像を観たサーシャ氏は「この素晴らしいパフォーマンスには、あらゆる疑念を抱く人々に対する不安と執着という別の次元を与えられている ー 白人のロックを支持する人々、無理解な両親、頭の中の悪魔...彼がギターから引き出す悲痛な叫びは、思わずこちらも泣きたくなるほどだ。」と述べています。
親しい友人の話によると、プリンスはこの時の映像を何度も何度も観ていたと教えてくれたそうです。
真夜中過ぎに上映が終わると、7歳の頃からプリンスを模範としていたクエストラブは動揺したという。「自分が崇拝している人が普通の人だったというのは、受け入れがたいことだった(it was a heavy pill to swallow when someone that you puton a pedestal is normal.)」それが彼にとっての結論だった。
非凡であり、自己破壊と憤怒と闘った普通の人間であった。「すべてがここにある: 彼は天才であり、荘厳であり、セクシャルであり、欠点があり、闊達であり、神であり、それらすべてを兼ね備えている。そして、人間だ。ワオ(Everything’s here: He’s a genius, he’s majestical, he’s sexual, he’s flawed, he’strash, he’s divine, he’s all those things. And, man. Wow.)」
数カ月後、監督はクエストラブに電話し、彼の心の中ですべてがどう落ち着いたかを確かめると、クエストラヴは鑑賞した夜、家に帰ってセラピストと夜中の3時まで話し、「私の人生を、今あそこで見たようなものにはしたくない。彼は、「自分のヒーローが、人生よりも嫌がること、つまり心を見せること、感情を表に出すことに付き合わされるのは辛いことだ」と辛かった事を伝えるも、このドキュメンタリー映画が文化的な役割を果たしていると感じていると語った。
エステートからストップがかかる
ブルックリンでの上映から数週間後、フィルム本編のカットが遺族に公開され、事実確認が行われた。
遺産を管理(エステート)する一人、L.ロンデル・マクミラン(L. Londell McMillan)は、17ページにわたる変更を要求するメモを添えて返答。
遺族側は、プリンスの旅立ったシーンで、エレベーターの歌詞がある 「Let's Go Crazy 」の削除、ウェンディ・メルヴォインのインタビューの一部(プリンスが宗教的になってから彼女に電話をかけ、バンドを再結成する前提条件として同性愛を放棄するよう求めたと語っている)、『The Rainbow Children』には反ユダヤ主義的な歌詞が含まれているというアラン・リーズの評価(当時、一部の批評家もこれを支持していた)を削除するよう求めた。
遺産管理人の変更が起因
詳しい関係者によれば、ネットフリックスは数千万ドルで、ファンの間で"The Vault"と呼ばれるプリンスの個人アーカイブへの独占的なアクセス権を遺族から確保。
更に、当時ミネソタ州の銀行が管理していたプリンスの遺産は、このプロジェクトに対して編集上の影響力を持たないとエデルマン監督は聞いていて、最終的なカットはエデルマンとネットフリックスに委ねられるが、遺族は事実の正確さを確認することはできるという内容だった。その条件下でエデルマンは監督を請け負う事に決めたとのこと。
しかし、数年後に遺産管理人が変わった事で状況が変化。エデルマン監督が描いたプリンスの姿に異議を唱えました。
参考プリンスの財産を巡り相続人が再び訴訟へ
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当初の契約通り制作したエデルマン監督は要求を拒否し、プリンスの人生におけるこの局面には説明が必要だと主張。自由と包括性について語るアーティストが、どうしてこのような信条を公言することができたのか?それはプリンスのすべてではなかったが、彼の軌跡の重要な一部だと説明。2023年8月にマクミランとエデルマン監督は一度だけ直接面会するも平行線に終わった。
記事が出た直後にL.ロンデル・マクミランがXに投稿
ニューヨーク・タイムズ・マガジンの記事が出た後にマクミラン氏はXに投稿。
Let me ask YOU, if you found out that someone didn’t like you and/or hated how others loved you, would you trust them and let them make a major film story on your life, then you see the rough cuts mix facts with falsehood, speculation, omissions with opinions? GTHOH ☔️
— L Londell McMillan (@LondellMcMillan) September 9, 2024
In life, some people and things are worth fighting for… Do it right or do not do it at all, period! 💜
— L Londell McMillan (@LondellMcMillan) September 9, 2024
もしあなたが、誰かに嫌われている、あるいは他人から愛されていることを嫌われていることを知ったら、その人を信じて、あなたの人生を描いた大作を作らせることができますか?GTHOH ☔️("GTHOH=Get the fuck outta here"「出ていけ」「消えうせろ」などの略)
人生には、戦う価値のある人や物事がある...。
きちんとやるか、まったくやらないかだ!
プライマリー・ウェーブ・ミュージックとプリンス・レガシーが声明を発表
プリンスの財産の権利を取得しているプライマリー・ウェーブとプリンス・レガシーLLCは記事が発表された翌月曜に声明を発表しました。
“Those with the responsibility of carrying out Prince’s wishes shall honor his creativity and genius,” the statement reads.
声明文には「プリンスの遺志を受け継ぐ責任を担う人々は、彼の創造性と才能を尊重しなければならない。」と掲載。“We are working to resolve matters concerning the documentary so that his story may be told in a way that is factually correct and does not mischaracterize or sensationalize his life. We look forward to continuing to share Prince’s gifts and celebrate his profound and lasting impact on the world.”
「私たちは、彼の物語が事実に基づいて正しく語られ、彼の人生を誤解したりセンセーショナルに表現したりすることのないよう、ドキュメンタリーに関する問題の解決に取り組んでいます。私たちは、プリンスの才能を分かち合い、彼が世界に与えた深く永続的な影響を称え続けることを楽しみにしています。」Prince's Music Companies Respond to Unreleased Doc Alleging Abuse
ジョン・ブリーム氏の投稿
今回のドキュメンタリーに関して『Prince: Inside the Purple Reign』をはじめレッド・ツエッペリンやボブ・ディランなど様々な書籍を執筆しているジョン・ブリーム(Jon Bream)氏が「物議を醸したプリンスのドキュメンタリーの監督に6時間も質問攻めにされた」と題した記事を投稿しています。
Bream: I was grilled for 6 hours by the director of the controversial Prince documentary
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